
夏は他の季節よりも、夜の闇が濃く感じます。そして闇が濃くなるほど、光も美しさを増します。
昔の日本人も同じことを感じていたのか、夏の風物詩には、花火や提灯などの「光るもの」がいくつか数えられます。
その一つが、ごく小さな光を放つ「蛍」です。
日本における蛍の歴史は長く、奈良時代に成立した歴史書『日本書紀』にも「蛍火」の名が見られます。時代が下り平安時代に入ると、蛍は物語や和歌、絵画にも登場するようになりました。
蛍が体現する「日本の美」をたどってみましょう。
蛍のほのかな光

蛍の美しさはまず何よりも、その「ほのかな光」です。小さな体に光を宿す姿は、なんともいじらしく心を惹かれます。花火のようにピカッとまぶしい光も華やかですが、蛍のほのかな光はいつまでも飽きない丁度よい加減です。
蛍は常に光っているわけではなく、光ったり消えたりを繰り返しています。
例えばゲンジボタルの場合、東日本に生息するものは約4秒に1回、西日本に生息するものは約2秒に1回光るようです。
光ったと思ったら消えて、消えたと思ったら光る。その心地よい光の間隔が、私たちの心を穏やかにしてくれます。
明るい場所では、蛍の光はほとんど見えません。人工の光に照らされた下では、蛍の光は簡単にかき消されてしまいます。蛍の美しさを感じるためには、光を閉ざし、こちらの目も、心も、暗さに慣れていなければならないのです。見よう、見ようと身を乗り出すよりも、しばらく黙って待っている。すると、闇の中に小さな光がひとつ、またひとつと現れてきます。
この「待つ」という時間も、蛍の美しさの一つかもしれません。すぐに手に入るもの、すぐに写真に収められるものとは違い、蛍はこちらの都合に合わせて光ってはくれません。風が強ければ姿を見せず、雨が降れば飛ばず、時期が少しずれたら会えないこともあります。だからこそ、ようやく目の前に現れた小さな光は、美しい夏の記憶として心に刻まれるのです。
古典における蛍―胸の奥の思いを乗せて

平安時代から、蛍は日本美を体現する生き物とされました。
清少納言は『枕草子』で、以下のように綴っています。
夏は夜。月のころはさらなり。やみもなほ、蛍の多く飛びちがひたる。
また、 ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。
「ただ一匹二匹がほのかに光って飛ぶ様子も趣がある」と綴るその感覚には、日本の美意識がよく表れています。かすかに感じられるものの中にも美を見出すまなざしです。
かの有名な『源氏物語』にも、蛍が登場します。物語の中で蛍の光は、ただ場面を飾る背景ではなく、恋のきっかけとして描かれています。
光源氏の異母弟である兵部卿宮は、光源氏の養女である玉鬘に求婚をしました。このとき、兵部卿宮は本当に彼女を愛していたのではなく、「光源氏の娘」という立場に心を寄せていたように見えます。しかし、蛍の光に照らされた玉鬘の姿を見たことで、彼の思いは本当の恋心へと変わっていきます。
すべてを照らす明るい光ではなく、蛍のほのかな光だからこそ、兵部卿宮の心はかえって強く揺さぶられたのでしょう。蛍という題材ならではの奥ゆかしさがあります。

紫式部と同時期に活躍した歌人・和泉式部も蛍に関する和歌を残しています。
物思へば沢の蛍もわが身よりあくがれ出づるたまかとぞ見る
(物思いに沈んでいると、沢に飛ぶ蛍の光までも、自分の身から抜け出した魂のように見える)
『源氏物語』の蛍は恋のきっかけでしたが、和泉式部の歌の蛍は、夫との関係に悩む自分自身を映しています。
闇に飛ぶ蛍と、闇の中で物思いに沈む自分が重なったのか、それとも蛍のように自由の身となりたかったのか、和泉式部の心情に思いが巡ります。
清少納言は蛍に夏の夜の趣を見出し、紫式部は恋の予感を込め、和泉式部は自分自身を重ねました。
ほのかに光っては消える蛍の姿に、彼女たちは、言葉にしきれない胸の奥の思いを乗せていたのかもしれません。
絵画における蛍―暮らしの中の美として



蛍は絵画のモチーフにも起用されました。右の画像のように、ほんの数匹の蛍を飛ばすだけでも、絵画の中には夏の夜の気配が漂います。
蛍をモチーフとした絵画の多くは、蛍狩りや夕涼みの様子を描いています。蛍そのものではなく、蛍を愛でる人々に注目しているのです。
かごを持って蛍を捕まえようとしたり、蛍を眺めながら夏の夜風を楽しんだり。人々にとって、蛍は暮らしのすぐそばにある光だったことが、ありありと描かれています。

昔は空中に竹ぼうきを振ると、ほうきの隙間に蛍がくっつき、家まで運べました
『東京名所三十六戯撰』昇齋一景 国立国会図書館デジタルコレクション
それほど身近な存在でありながら、なぜ人々は毎年のように蛍を待ちわびたのでしょうか。
それはきっと、蛍が夏のごくわずかな期間だけ現れる生き物だったからでしょう。
「蛍二十日に蝉三日」ということわざのように、蛍は成虫になってから約20日で寿命を迎えます(正確には約1週間~2週間ほどとする見解もあります)。
「今年も見られたなあ」と思ったら、すぐにいなくなってしまう。この出会いの短さが、毎年毎年、人々の心を惹きつけるのでしょう。
いつもの水辺や草むらに現れる光を、ただの虫の光として見過ごさず、季節の移ろいそのものとして受けとめる。
蛍を描いた絵画には、季節を愛でる心と、日々の暮らしの中に美を見つける日本人の感性が映し出されています。
郷愁の中の蛍―懐かしい夏の記憶

ほう ほう ほたる こい
あっちのみずは にがいぞ
こっちのみずは あまいぞ
ほう ほう ほたる こい
子どもの頃、このわらべ歌を学校で習った人も多いのではないでしょうか。
目を閉じて「ほたる こい」と歌うだけで、あの頃の教室や、ピアノを弾く先生、クラスメイトの顔まで思い浮かびます。
川の近くで育った人なら、実際に蛍を見た記憶があるかもしれません。日が沈んだ後、家族や友だちと外へ出て、川のほとりや草むらの中で目を凝らす。暗がりの中に光がひとつ現れると、あっと声を上げたくなる。じっと眺めているうちに手足を蚊に刺されたり、捕まえた蛍を両手の隙間から眺めたり、そんななんてことのない出来事まで思い出せます。

実際に蛍を見たことがない人にとっても、蛍はどこか懐かしい存在です。
「蛍」と聞くと、胸の奥にある原風景のようなものが動き出し、淡く点滅する蛍が見え、川のせせらぎまで聞こえてくるのです。
そしてときには、歌の中に生きる蛍や、誰かが語った蛍の話が、懐かしい夏のひとときを感じさせてくれることもあります。
蛍が今も私たちの心を惹きつけるのは、その小さな光の中に、どこか帰りたくなる日本の夏の記憶が宿っているからなのかもしれません。
意匠としての蛍

蛍を美しく思う日本人の感性は現代にも受け継がれています。
なかでも日本の伝統文化には、蛍を意匠として採用したものが数多くあります。
蛍を象ったこちらの和菓子は、京都の老舗「亀屋良長」の「初蛍」です。
涼し気な色合いもさることながら、「初蛍」という菓銘にも、その年はじめて蛍に出会うときの高揚感や、夏の入口に立つようなみずみずしさが感じられます。
こちらは京扇子の老舗「白竹堂」の「蛍扇子」です。
蛍が飛び交う光景を、そのまま閉じ込めたかのような扇面です。
この扇子を手に蛍を眺めると、どんな心地がするのでしょうか。
そのほか、うちわ、茶器、箸置き、ぐい飲み、盆などにも蛍の意匠が見られます。
蛍は自然の中だけではなく、工芸品や日用品の中にも生きているのです。
蛍が灯す日本の夏
ときには恋心や物思いの象徴として、ときには移ろう季節の美しさとして、ときには懐かしい思い出として。
蛍は日本の夏を、いくつもの側面から照らしてきました。
そして今もなお、日本の夏の風物詩として、人々の記憶や暮らしの中に蛍の姿があります。
もしも蛍に出会う機会があれば、写真を撮る前に、まずはその目で蛍の光を追ってみるのもよいかもしれません。
蛍が光るのも、夏という季節も、一瞬の出来事。
あっという間に過ぎ去っていくのですから。
◇参考文献
・おかやま環境ネットワーク編,梶田博司,青山勲著『ホタルと人と文化』2010年 大学教育出版
・古河義仁『ホタル学 里山が育むいのち』2011年 丸善出版